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暮らしを“防災“でアップデート

Published date

November 3, 2020

Author

座安あきの
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暮らしを“防災“でアップデート

 災害大国ニッポンが、世界をリードする国際防災システムの創造・発信拠点になる__。

システムのデザイン、開発、保守・運用を手がけるベル・データ(東京都)が、東日本大震災の被災と避難生活の経験を基に防災関連の商品やビジネス開発を手がけるワンテーブル(宮城県)の知見を生かして、防災備蓄管理のプラットフォーム「B x Link(ビーリンク)」を開発した。9月以降、国の補助金などを活用する全国5都市に、ベル・データ社が単独で手がける沖縄県豊見城市を加え、全国6都市で実証実験をスタートさせている。

地球温暖化の加速と共に、自然災害は各地の脅威となり、住民の命を守る社会の仕組みづくりは世界共通の課題となった。長年にわたる日本の災害と復興の経験は、世界に類を見ない防災の知恵の宝庫になり得る。蓄積された「経験値」にテクノロジーの進化を掛け合わせた様々な「防災ソリューション」が、両社の連携によって動き出そうとしている。

見据えるのは、デジタル化が遅れる行政事務の抜本的な改革。さらには、各地の人口動態に適した備蓄管理やインフラ整備、「共助」をかなえる役割分担の明確化だ。両社は災害を前提にした実効性ある防災都市のルールづくりで、国際規格化を目指す。

コロナ禍で、パンデミックという“新たな災害“への対応力が求められるいま、長年進歩のなかった防災事業を日本の新たなリーディング産業へと成長させることができるか。「あの時、本当にほしかったもの」を日常の中に取り込み、被害を最小に、災害時の生活との落差を縮めていく取り組みでもある。東日本発のベンチャーと、IT企業のチャレンジに、企業や行政関係者の注目が集まっている。

ワンテーブル代表取締役・島田昌幸氏
ワンテーブル代表取締役・島田昌幸氏

「過去の数々の大規模災害の教訓を、決して歴史の一ページで終わらせない」。

持続可能な防災事業のビジネス化を模索するワンテーブルの島田昌幸社長は、自社のミッションをこう表現する。発生規模、被害の大きさともに「想定外」と言われた東日本大震災。自身も被災者である島田社長は、3.11以前もそれ以降も、全国各地で発生した数々の災害の現場において、「過去の教訓がほとんど生かされていない」現実を目の当たりにした。

例えば備蓄食。「阪神淡路、中越沖地震、熊本の震災、どの災害の文献を見ても全てインフラが止まっている。備蓄食で必要なのは、水がなくても誰もが食べられるものなのに、配られるのは水がないと食べられない乾パンやアルファ米。乾パンなんかは戦中から全く変わっていない」と指摘する。

東日本大震災では、なんとか避難所にたどり着いたにもかかわらず、体調不良が原因で命を落とした人は3700人にも上った。背景には、飲み込みが苦手な高齢者や乳幼児、アレルギーを抱えている人たちの存在のほかに、炊き出しで炭水化物中心の偏った食生活が続くことによる栄養状態の悪化があった。

災害のショックを受け、大切な人を亡くした人はそもそも、食べることすらままならないのが実情だ。体力低下、免疫力の低下などを引き起こし、風邪や感染症のリスクが高まった。被災後も、守れたはずの多くの命が失われた悔しい思いが、島田社長のビジネスの原点になった。

ベル・データ社が東海地方(南海トラフ災害想定地域)における人口動態を基に実施した調査では、高齢者や幼児、持病を持った人など、食事に制限のある人が総人口に対して20%程度存在するという結果がはじき出された。

実証実験中の沖縄県豊見城市の人口動態に当てはめると、その割合は22%。沖縄県全体では27%の避難者が一般的な備蓄食では対応できないという推計だった。観光客や高齢者の多い地域では、その割合が高くなる傾向があるという。

「各地域に存在する20%の弱者の割合は、地方に行けば増える可能性もある。公平と平等を前提とする行政が、限られた財源で対応するべき備蓄食は(食べられない人が相当数いる)『乾パン』ではないはずだ」と島田社長は強調する。

このピンポイントの課題を解消するために生まれたのが、電気や水、ガスなどを使わず食べられ、5年半常温保存が可能な世界初の非常食ゼリー「LIFE STOCK」だった。極度のストレス状態であっても甘さを感じ、美味しくエネルギーを補給することができる。栄養面でも食物繊維やビタミン類など、バランスを考えて作られた。

島田社長は「100年変わらなかった備蓄食に、7年かけて生み出した新しい商品。おそらく100年後の未来にもこの商品はあり続けるだろう」と期待を込める。LIFE STOCKは、ネット販売に加え、9月から東急ハンズの防災コーナーで販売が始まっている。

地域の特産品とコラボしたオリジナルの展開ができることが特徴の一つ。大手メディア企業との連携では、福島県国見町産のリンゴを使ったゼリーを開発。スポーツ選手のイラストや背番号をあしらったパッケージデザインはIT・デジタルコンテンツの専門学校の学生からの公募で制作し、ファン向けに商品として発売した。農作物の6次化や教育関連事業、市町村のふるさと納税の返礼品、企業の新たな商品開発の素材として、活用を模索する動きが出始めている。

「僕たちのテーマは、平時と災害時のデュアルユース(併用)」と島田社長がいうように、ゼリーはイベントで配ればノベルティーやプロモーションとして、家庭でストックすれば日常の栄養補給に。そして災害が発生すれば、そのまま非常食になる。

「デュアルユース」にこだわるのは、被災経験のない多くの人々が、日頃の防災への意識を高めるのは難しいことを痛感しているからだ。

シェアリングやローリングをもっと身近なものに。

「災害時というのは、暮らしの延長にある生活そのもの。商品やサービス、インフラを新しく作るのではなく、既存のシステムや商品に『防災』という機能を付加させていく。テレビやパソコンのように、普及すると価格も安くなる。平時の暮らしを防災機能でアップデートすることで、意識しなくても災害への備えができるようにしたい」。島田社長は、モノやサービスを生み出す企業との連携を通して、暮らしの中に防災の機能を浸透させていく青写真を描いている。

奇しくも、新型コロナウイルスの世界的な感染症拡大によって、時代を共にする人類が、“非常事態“を同時に体感した。「過去の災害では支援の矢印は被災地だけに向けられていたけれど、新型コロナで変わった。感染症という災害がもたらす生活の変化はすべての人の“自分ごと“になり、消毒やマスクなどの感染予防策が違和感なく生活習慣に取り入れるようになった」。行動変容を伴った時代の変化を、チャンスと捉える。

 持続可能な防災ソリューションの実現に向け、様々な企業との連携を模索するワンテーブル。「核心」を担うプラットフォームの構築に不可欠なパートナー企業となったのが、BELL・ホールディングスとその傘下のベル・データだった。同社は約3千社の顧客にシステムの開発をデザインから開発、運用保守をワンストップで手掛け、システムの面から企業の安心安全を守ってきた30年の実績がある。

 同ホールディングスの中西洋彰社長は、信頼する共通の知人の紹介で島田社長と知り合った。出会った当時、中西社長はまだ管理職で、事業決裁の権限などない立場。だが、防災を取り巻く厳しい現実を、なんとかビジネスの力で作り替えていこうと奮闘する島田社長の情熱に心打たれ、奮起した。「ITのプラットフォーマーとして一緒にやれることがある」。ワンテーブルへの出資を前提に、防災事業への参入を提案した。

BELL・ホールディングス 代表取締役社長 中西洋彰氏
BELL・ホールディングス 代表取締役社長 中西洋彰氏

 IT企業にとって新規事業としての「防災」は異色の提案だったが、「目指す世界観に、共感を得られる自信はあった」と中西社長はいう。社員の防災事業に対する仕事への“熱“は想像以上で、「防災が、これほどまでに人を引きつける『ドメイン』になり得るのかと、改めて驚かされた」と語る。

 防災プラットフォームの構築に携わる同社の星正樹さんは、ネットワークとセキュリティー分野が専門。30年近くエンジニアとして従事してきたが、防災事業をきっかけに、現在「防災危機管理者」の資格取得に取り組んでいる。「まさか、自分が防災を語るようになるとは思わなかった。自治体の職員と仕事をする中で、知らない街の誰かを助けられるかもしれないと思うとものすごいやりがいを感じる」。

 星さんとともに、実証事業の現場で奔走する同社の山内郷史さんも「防災士」の資格取得を計画している。自身の希薄だった防災への関心を省みつつ、「個人の防災に対する意識の低さが街全体の意識の低さにつながっている。どういう形で意識を高められるのか、実証の中で見

つけていきたい」と話した。

 ベル・データ社が手がける備蓄管理のプラットフォームでは、自治体において、部署別で管理されている様々な備品や備蓄品を共通のシステムに入力し、全体を「見える化」した。

 だがそれは、単なる備品情報の把握にとどまらない。区域別の住民データに照らし合わせ、避難所ごとに必要な備蓄食の量と種類、それに対する在庫や賞味期限を一目で確認できるようになる。机やイス、マスク、医薬品、毛布、衛生用品などの備品類も同様だ。

 高齢者や乳幼児、障がい者などの居住状況、保育園や学校、老健施設などの施設の存在と在籍状況によって、いざという時の備えの中身は異なる。必要な物の「適正、適量」を知ることで、不足が浮かび上がる。「不足をどう補うか考え、行動を起こすことにつながる。単なる管理システムとは似て非なるものだ」(島田社長)。

災害備蓄の数は、ほとんどの場合自治体人口や社員数×必要数で決定されており、一般的な備蓄食を食べられない災害弱者のことは考慮されていません。BxLinkでは人口動態データを活用し、災害弱者の属性毎に備蓄の過不足をシミュレーションすることができます

 備蓄品の適量を日頃から把握し、満たすことの必要性を痛感したのは、3.11の震災当時のこと。炊き出しなどの避難所運営に携わった島田社長は、現場で次々と起こる「ミスマッチの極み」に直面した。

「例えば、1500人いる避難所に、1300人分の炊き出ししか用意できなかったら。行政としては目の前で全部を捨てざるを得ない。全員に行き渡らないのは平等、公平ではないという理由からだ。

支援物資の中に『女の子・靴』と書かれた箱があるが、目の前には靴が必要な小学3年生の女の子がいる。『18センチ・靴』と書いてくれないと渡すことができない。2万箱の物資が後ろにあって、目の前に2千人の避難者がいたら、それはもうミスマッチの極みのようなことが起こる。こうした労働集約型の膨大な作業の積み重ねが自治体職員を疲弊させ、多くの善意がゴミになってしまった」(島田社長)

 現在、防災備蓄プラットフォームの実証実験が進められているのは、ワンテーブルとベル・データが「スーパー防災都市創造プロジェクト(地域・企業共生型ビジネス導入・創業促進事業補助金)」で選定した、北海道余市町、厚真町、宮城県亘理町、福島県国見町、岡山県西粟倉村の5都市。これに、ベル・データ社が独自で実施する沖縄県豊見城市を合わせた計6都市で展開している。北から南まで、雪害や地震、津波、豪雨、台風などそれぞれ地域の災害特性に応じた自治体の防災事情を分析、検証する計画だ。

豊見城市の山川市長や職員にプラットフォームの進捗と課題について説明する中西社長(左)=2020年10月8日、豊見城市役所
豊見城市の山川市長や職員にプラットフォームの進捗と課題について説明する中西社長(左)=2020年10月8日、豊見城市役所

 プラットフォームで備蓄状況を共有することで、足りない分を周辺の企業や地域に開示し、日頃の備えへの協力を呼びかけることができるようになる。近隣自治体とシステム連携を通して広域防災の仕組みを整えられる可能性も広がる。

基礎的なデータの洗い出しを進める中で、自治体が抱える課題が見えてきた。「過去に被災経験があるかないかによって、災害時を想定した体制や職員の意識に大きな差があることがわかった」と星さんはいう。

 一方、共通するのは、どの自治体も「公助だけでは到底まかなえない」という認識があること。だが、不足する分をどこからどのような方法で補っていくのか、ルールが十分に整っていないという現状が浮かび上がってきた。

 中西社長は「行政特有の悪気のない縦割りがあり、数人ずつの部署間でもお互いの情報を知らないという状況が起きている。有事の際の行動を想定すると、どうしても人海戦術にならざるを得ない。災害時には、避難所運営の担当者は各現場と連携していく必要がある。どのような流れで連携をとっていくのか、実際のオペレーションがイメージできるようなシステムにしていきたい」と話す。

 データの洗い出しの作業で見えた現実は、先進国の中でも際立つ日本のデジタル化の遅れと重なっている。島田社長は「防災での活用をとっかかりに、森林や土地、農作物など財産台帳に記載しているデータ管理などにも拡張することができる」といい、ベル・データのプラットフォームが行政運営のデジタル化を牽引する中核システムとして活用される可能性があると見ている。

 限られた財政をやりくりする中で、防災体制をどう強化し、デジタル化をいかに進めるか。いずれも自治体のトップの意識とセンスによって、取り組みに大きな差が表れる。

 沖縄県豊見城市は今年2月、行政運営や市民サービスのデジタル化を加速させる沖縄初の「デジタル・ファースト宣言」を打ち出し、その一環として山川仁市長が自ら、プラットフォーム実証への参加に名乗りを挙げた。

 

 中西社長は「豊見城市長のようなリーダーシップのある市区町村をモデルに、企業や市民を加えた形で公助、共助、自助の実践ができると期待している」と語った。

豊見城市の防災に関する課題を挙げながら、政策方針を説明する山川仁市長(右奥)=10月8日、豊見城市役所
豊見城市の防災に関する課題を挙げながら、政策方針を説明する山川仁市長(右奥)=10月8日、豊見城市役所

「防災」を切り口に、様々なモノやサービス、インフラの開発・改良が進む日本の動きは、世界の防災ビジネス市場の最先端をいく。

 2015年に宮城県仙台市で開かれた「第3回国連防災世界会議」では、国際的な協力で災害被害の低減を目指す「仙台防災枠組み」が承認された。備蓄食の保管や災害情報の共有方法、インフラ整備にかかる工業製品の品質規格など、国際的なルールづくりを提唱。東北大学が国や企業、NPOなどと連携する中に、ワンテーブルとBELL・ホールディングスも参画し、「世界が同じ物差しで議論できる仕組みづくり」を後押ししている。

 「災害の発生を止めることはできないが、テクノロジーと人を生かし、経験をシステム化していく。予測や対応ができるようになれば、社会を変えていくことができる」。島田社長はそう確信している。

 ワンテーブルは、前身の会社を含め創業から10年目を迎えた。防災をテーマに様々な企業や行政の関心を引き寄せながら、ビジネスの種は着実に芽吹き始めている。だが、島田社長は「あの日からまだ一歩も進めていない。全然何も変わっていない」と嘆息する。

 今年も、九州をはじめ全国各地で災害が起こり、家が流されるなどの甚大な被害をもたらした。コロナ禍で、被災地は従来以上に復興にかかる人手不足に悩まされている。クラウドファンディングでボランティアの活動を支援する動きも広がったが、島田さんは「来るか来ないか、やめるのも自由なボランティアに、復興を依存する国や自治体の体制は危うい」と指摘する。

 住民と同じ被災者である自治体職員が、避難所運営で疲労困ぱいする現状、ボランティアに頼らざるを得ない現状をどう変えていけばいいのか__。10年かけ、解決策の一つとして見えてきたのが、「災害のプロ」の育成と派遣に関するビジネスモデルの構築だという。

 自治体の過去の被災経験の有無、担当者の対応力に関わらず、災害のプロが現地に入り、避難所運営と復旧、復興指揮のサポートに当たるイメージ。「いくらシステムがあっても、動かすのは人。人の問題への対応なくして、本質的な課題の解決は実現できない。そろそろ、やるべきことが見えてきそうだ」と島田社長。BELL・ホールディングスとの連携で生まれた防災備蓄のプラットフォームを基盤に、食や農、エネルギー、モビリティーなどのあらゆる産業で次々と「防災イノベーション」を巻き起こしていく。

Edited by .座安あきの

Polestar Okinawa Gateway

編集ディレクター・ライター

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